【私が屋号をつけていない理由】
個人の名前で仕事をするという選択
【私が屋号をつけていない理由】
個人の名前で仕事をするという選択
こんにちは。
岐阜で映像クリエイターとして活動している井村旭宏です。
普段は、企業や地域の映像コンテンツを中心に、企画から撮影・編集まで一貫して制作を行っています。
今回は、よく聞かれる「なぜ屋号をつけていないのか?」という点について、自分なりの考えを整理してお話しします。
フリーランスとして独立する際、「屋号をどうするか」は多くの人が一度は考えるテーマだと思います。
屋号をつけた方がそれらしく見えるのではないか?
信頼感を考えると必要なのではないか?
ブランディング的にあった方がいいのではないか?
当然、私自身もそのように考え、独立前にはいくつか案を検討しました。
ただ最終的には、屋号はあえてつけないという選択をしました。
この記事では「どちらが正しいか」ではなく、なぜ自分がその選択をしたのか、その背景にある考え方を整理していきます。
一番大きな理由は、自分の名前そのもので仕事をする状態に身を置きたかったからです。
会社員時代は、会社の名前が信頼のベースでした。
ただ独立後は、その前提がなくなります。
誰に依頼するのか
この人に任せて大丈夫か
その判断は、すべて個人に向けられます。
だからこそ私は、屋号ではなく「井村旭宏」という名前で評価される状態を選びました。
そしてこれは単なるスタンスではなく、仕事の品質に対する責任の取り方にも直結すると考えています。
名前で仕事をしているからこそ、すべての工程に対して自分が責任を持つ。
この前提があることで、判断やクオリティの基準がブレなくなると感じています。
独立当初に最も重視していたのは、自分の名前を認知してもらうことでした。
屋号を持つと、
屋号
個人名
という2つの情報が並びます。
それ自体が悪いわけではありませんが、少なくとも当時の自分にとっては「情報の分散」の方がデメリットに感じました。
まずは「この人は何者なのか?」を明確にすることが最優先。
ありがたいことに現在は、「井村さんにお願いしたい」という形でご依頼をいただけることも増えてきました。
この状態を作る上で、名前に寄せたことは有効だったと感じています。
かなり本音に近い部分の話ですが、自分が映像制作を通して社会とどう関わっていきたいのか、その解像度がまだ高くなかったという点です。
これはあくまで私の勝手なこだわりでしかありませんが、屋号は「自分がどんな価値を、どんな形で社会に提供していくのか」を宣言するものにしたいと思っています。
ただ独立当初の自分は、
映像制作を通して社会に貢献したいという思いはある
ただし、それがどの領域で、どのような表現なのかはまだ曖昧
社会との関わり方や、自分の立ち位置も正直まだ見えていない
という状態でした。
言い換えると、「何をやるか」は決まっているけど、「どう在りたいか」「どう社会に関わっていきたいか」までは言語化できていなかったということです。
この状態で屋号をつけると、どうしても表面的な言葉になってしまう気がしました。
それならば、無理に定義するのではなく、実際の仕事や経験を通して、
どんな案件にやりがいを感じるのか
どんな人や企業と関わりたいのか
自分はどんな価値の出し方ができるのか
そういったものが見えてきたタイミングで、自然と輪郭がはっきりしてくる方が良いと感じました。
だからこそ当時は、屋号という形で自分の存在価値を社会に定義するよりも、まずは自分自身の中にある感覚を育てる時間を優先したいと思いました。
もちろん、屋号がないことで
書類上の扱い
一部企業からの見え方
などで不便さを感じる場面はあります。
ただ現時点では、問題に感じることはそこまで多くはありません。
それよりも今は、
継続的に依頼をいただける状態をつくる
信頼関係を積み上げる
といった土台づくりを優先しています。
今回は、「屋号をつけていない理由」について、自分の考えを整理してお話ししました。
<おさらい>
自分の名前で仕事をすることに意味を持たせたかった
まずは個人として認知されることを優先したかった
社会との関わり方のビジョンが明確ではなかった
現時点では、まだ「井村旭宏」という名前で活動していくフェーズだと考えています。
もし今後、屋号をつけることがあれば、それは自分の中で何かしらの方向性や役割が明確になったタイミングだと思います。
この記事が、同じように悩んでいる方にとって、何か一つの視点として参考になれば幸いです。